多摩カトリック教会で洗礼を受けました

4月7日(土)多摩教会の洗礼式で受洗しました。

その心境について、新規に受洗した仲間約30名の記念文集が作成されることとなり、添付原稿を提出しました。



受洗までの不思議な歩み

 昨年五月、手帳を見ながら歩いていた妻が橋への曲がり角と勘違いし手前の階段を一気に二十段転がり落ちる大事故に遭遇しました。命は助かったものの顔面縫合と大腿骨頸部骨折手術を受け、車椅子生活は必須と覚悟しました。しかし懸命のリハビリの結果一ヶ月ほどで普通に歩けるようになり、奇跡的早期回復に心から感謝致しました。

五十年来のカトリック信者の妻は早速ミサに行き感謝の祈りを捧げ、晴佐久神父様の親身ないたわりの言葉が嬉しく、助かったのはきっと神様の「まだ何かすることがあるよ」との啓示だと思ったそうです。そこで「夫は仏教徒で洗礼を受ける意思はありませんが、入門講座を受けさせて貰えますか」と尋ねたところ「勿論。是非連れていらっしゃい」と快諾頂き、妻の勧めで6月半ばから土曜日の入門講座に出席し始めました。禅宗にひかれ般若心経を日々唱える身で、当初は戸惑いも感じましたが、毎週神父様の日々の生活に密着した講話を聞き、多忙を厭わず東日本大震災被災地支援や悩める若者達救済に献身的且つ精力的に活躍される姿を目の当たりにする内、この方になら是非ついてゆきたいと思うようになりました。般若心経の「無」が人生は大自然・大宇宙の営みのほんの一瞬と認識することで一切の悩みや苦しみから開放される悟りの境地とすれば、その宇宙創造の主を神と信じるカトリックの教えとは何の矛盾もないのではと考えるようになりました。

教会の図書で出身地長崎にちなんだ本「長崎の鐘」を読み、永井医師がカトリック信者に至った経緯、又自ら原爆被爆医師として活躍しながら、爆心地浦上教会の瓦礫の中から掘り出し仮設の鐘楼に据えたアンジェラスの鐘。その澄んだ音色が被災者達の沈む心に生きる希望と元気を与えた事を知りました。大好きな歌謡曲「長崎の鐘」にこんなエピソードがあったたことも初めて知りました。又同じく長崎に関係深い聖人コルベ神父の伝記にも深く感動し、洗礼名とさせて頂きました。後で多摩教会の守護聖人だと知り奇遇に驚きました。また先日、教会で見た前ローマ法王ヨハネ・パウロ二世の伝記映画「KAROL」で、ナチや共産主義ロシアによる不当な迫害にも力で抵抗せず「愛情平和ゆるし」の心に徹された生き様を知り、さすがに晴佐久神父の信奉される方だとその信仰の力の凄さに感銘を受けました。

こうして多摩教会に足を運んでいる内にいつの間にか洗礼を受けた自分がいて我ながら不思議な気さえしています。妻も思いがけぬ展開に私以上に驚いたようですが、とても喜んでくれました。洗礼式には息子夫婦が孫連れで来てくれたのも嬉しいサプライズでした。晴佐久神父様・代父の加藤様・入門講座や洗礼式準備などお世話になった皆々様有難うございました。今後とも宜しくお導き下さい。

「朝の祈り」「晩の祈り」を特に心がけて唱えることから始めています

この記事へのコメント

2012年12月08日 21:39
 おめでとうでございます!私もカトリックで中途洗礼なんです。 

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